第2章 訪タイ準備しタイ -vol.003-

こんにちはYKSです!


今回は前回の続きで歴史編です。

詳しくはこちらをどうぞ。


タイ国政府観光庁:AMAZING THAILAND WEBサイト

YKSの備忘録はこちらの情報を元に

訪タイ前にざっくり知りたい情報や知識をまとめているだけの

備忘録となります。


なので詳しくは公式ホームページを見た方が良いですよ。


て事で、前回の続きの歴史編です。


【タイ王国の歴史】

 ▼ おおざっぱーに

○ 7〜8世紀(西暦600年〜800年)

 日本でいう飛鳥時代・奈良時代ですね。

 この頃、先住民のモーン族がチャオプラヤー川流域に王国

 (シャム国)を形成しました。

○ 11〜12世紀(西暦1000年〜1200年)

 日本でいう平安・鎌倉時代です。

 この頃、タイ族によって形成された小国が現在のカンボジア付近に

 あったクメール王朝により支配されます。

○ 13世紀初頭(西暦1240年頃)

 日本は鎌倉時代です。

 タイ族がクメール王朝を撃破し、タイ族初の統一国家が誕生しました。

 これが1度は聞いたことのあるスコータイ(幸福の夜明け)王朝の始まりです。

 スコータイ王朝は約200年、9代にわたり続きました。

○ 15世紀中期(西暦1438年)

 日本は室町時代です。

 スコータイ王家の跡継ぎが断絶し、スコータイ王家の親戚であった

 アユタヤ王朝のラーメースワン王子が後を取る形で、

 スコータイ王朝は終わりを告げ、アユタヤ王朝が始まります。

○ 17世紀(西暦1700年)

 日本は江戸時代です。

 国際交易港として栄えたアユタヤ王朝でしたが、

 1767年、ビルマのコンバウン王朝(後のミャンマー)によって陥落させられます。

○ 17世紀中期(西暦1767年)

 日本は引き続き江戸時代です。

 当時ターク(タイ)の国主だったタークシン王がアユタヤからビルマ軍を駆逐し

 そこにトンブリー王朝を築きます。


 しかし、タークシン王はその後も敵対する各地の国主や

 カンボジアへの侵攻などを繰り返し、それに不満を持った

 チャオプラヤー・チャクリー(後のラーマ1世)により

 王位を剥奪、処刑され、わずか15年でトンブリー王朝は幕を閉じます。

○ 17世紀後期(西暦1782年)

 日本はまだ江戸時代。

 チャオプラヤー・チャクリーはラッタナコーシン島に都を建設し、王に即位。

 これが現在も続くラッタナコーシン王朝(=バンコク王朝)の始まりです。

○ 20世紀(西暦1932年)

 日本はYKSの生まれた時代、昭和時代。

 官僚や軍部らによる立憲革命により、王は象徴的な存在となり、

 立憲君主制へと移行。

 その7年後の1939年、国名をシャム国から「タイ王国」と改め現在に至ります。


こんな感じでしょうか。

次回からは現代編、観光スポットの

なんか知っておきたいことを備忘録っていきたいと、

考えてますがどうなることやら。


それでは!





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